映画地図
ジュリー&ジュリア (2009)
ジュリー&ジュリアの舞台と、実際の撮影地。
二つの台所、二人の女性、一つのパリ。映画のパリの大部分はニューヨークで撮影された。
地図で見る場面と場所
ジュリアとポールのパリの住まい (1949)
ジュリアは外交官の夫ポールとともにパリに到着し、街と住まいに心を躍らせる。これが、彼女を料理学校へ向かわせる食への情熱の伏線になる。
物語の舞台 ジュリアとポール・チャイルドの住まい、パリ、リュ・ド・リニヴェルシテ — セーヌ川近くのアパルトマン。外交官の夫とともに越してきたジュリアが、新しい生活を始める場所。
映画は実際の厨房の記録をもとに、チャイルド夫妻のパリの台所と部屋をセットとして作った。
ジュリーとエリックのクイーンズのアパート (2002)
ジュリーと夫のエリックは、夜になると騒音が響くクイーンズの狭いアパートに越す。ジュリーは前向きに考えようとし、それが自分だけの計画が必要だという思いにつながる。
物語の舞台 ジュリーとエリックのアパート、クイーンズ、ロングアイランドシティ — ジュリーが本のレシピを一つずつ作っていく、クイーンズの小さなアパート。(座標は建物ではなく地区のもの。) Google マップ · Apple マップ
実在するクイーンズのアパートの厨房の羽目板を型取りし、映画のセットで再現した。
ジュリーが働くコールセンター (2002)
ジュリーは、犠牲者の家族や再建計画に怒る一般の人々からの電話を受ける。彼女には何かを変える権限がなく、自分でやり遂げられる何かを探すようになる。
物語の舞台 ローワー・マンハッタン開発公社のコールセンター、ニューヨーク — ジュリーがワールド・トレード・センター跡地の再建計画に関する電話を受けるオフィス。
ローワー・マンハッタン開発公社は、9・11後の再建計画を管轄した機関。
ジュリアのル・コルドン・ブルー (1951)
ジュリアはル・コルドン・ブルーに入学し、クラスで唯一の女性になる。校長のブラサール夫人と衝突するが、ジュリアは怯まず、厨房では自分が恐れ知らずだと気づく。
物語の舞台 ル・コルドン・ブルー、パリ — ジュリアが入学したパリの料理学校。クラスで唯一の女性だった。(座標は現在のキャンパスで、1950年代の学校ではない。) Google マップ · Apple マップ
映画は、学校の場面をどこで撮影したかを明らかにしていない。
実はブルックリンにあるパリの庭園 (1951)
ジュリアの物語のパリの場面はニューヨークで撮影されたため、ブルックリンの公園がフランスの首都の役を演じている。映画のパリでの生活の多くは、大西洋の反対側で再現された。
物語の舞台 パリの庭園 — ジュリアの物語に登場するパリの庭園。どの場面かは資料に記載がない。
ブルックリン最大の公園で、19世紀に設計された。
実際の撮影地 ブルックリンのプロスペクト・パーク — プロスペクト・パークがパリの庭園の代役を務めた。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
スミソニアンのジュリアの厨房 (2002)
ジュリーとエリックは、ジュリーのプロジェクトが終わったら、スミソニアンにあるジュリアの厨房への巡礼を計画する。ジュリアの厨房は、ジュリーが一年間ずっと目指してきた場所だ。
物語の舞台 アメリカ歴史博物館、ワシントンD.C. — ジュリア・チャイルドの実物の厨房を展示する博物館。 Google マップ · Apple マップ
展示されているのは、ジュリア・チャイルドの本物の厨房で、複製ではない。
ケンブリッジのジュリアの厨房 (1961)
ジュリアとポールはケンブリッジに落ち着く。ジュリアの原稿はホートン・ミフリン社に「長すぎて複雑すぎる」として断られるが、その後クノップ社が引き受ける。
物語の舞台 ジュリア・チャイルドの厨房、マサチューセッツ州ケンブリッジ — ジュリアが後年暮らした自宅の厨房。(座標はケンブリッジの中心部で、住宅の位置ではない。) Google マップ · Apple マップ
ジュリアのケンブリッジの厨房には、セットが組まれた。
登場人物
- ジュリア・チャイルド — 1950年代のパリにいるアメリカ人。フランス料理を学び、アメリカの主婦のための料理本を書く。
- ジュリー・パウエル — 2002年のニューヨーカー。ジュリアの本に載るすべてのレシピを一年で作ると決め、そのことをブログに綴る。
- ポール・チャイルド — ジュリアの外交官の夫。
- エリック・パウエル — ジュリーの夫。
地図が答える問い
- 映画のパリの庭園は、実際にはどこで撮影されたか。