映画地図
『戦争と平和』 (1965)
『戦争と平和』の舞台と、実際の撮影地。
ボロジノの戦いはボロジノでは撮影されず、モスクワの炎上は合板で作られた村で撮影された。
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場面と場所
ピエール、サンクトペテルブルクの上流社会と出会う (1805)
富裕な貴族の庶子ピエール・ベズホフは、1805年にサンクトペテルブルクの上流社会に紹介される。友人のアンドレイ公爵はナポレオンと戦う軍に加わるため去っていく。
物語の舞台 サンクトペテルブルクの上流社会 — 第一部の冒頭、1805年。ピエール・ベズホフがこの都市の上流社会に紹介される場面。
ネヴァ川沿いの宮殿の街。ここでは冒頭の舞台として使われている。
実際の撮影地 サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館 — ウィキペディアは列宁格勒の撮影地としてエルミタージュを挙げているが、そこでどの場面を撮ったかは書かれていない。 Google マップ · Apple マップ
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シェーングラーベルンの戦い (1805)
アンドレイはクトゥーゾフ将軍の副官として、失敗に終わったオーストリア戦役に参加する。シェーングラーベルンの戦いを間近で見る。
物語の舞台 オーストリアのシェーングラーベルン — アンドレイは、オーストリア戦役で最初の大規模な衝突を目撃する。 Google マップ · Apple マップ
ニーダーエスターライヒ州の村。映画は約700km東のウクライナで戦闘を撮影した。
実際の撮影地 ザカルパッチャ州クシュタノヴィツャ付近 — 戦闘はウクライナ西部のクシュタノヴィツャ村付近で再現され、実際の戦場からは遠く離れている。 Google マップ · Apple マップ
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アウステルリッツの戦い (1805)
アンドレイはアウステルリッツの戦いを目撃し、重傷を負って死んだものと誤認される。
物語の舞台 アウステルリッツ(スラフコフ・ウ・ブルノ) — 1805年の戦役における大会戦。現在のチェコにある。 Google マップ · Apple マップ
モラヴィアの小さな町。映画の戦場はウクライナ西部。
実際の撮影地 ザカルパッチャ州スヴァリャーワ周辺 — 英語版ウィキペディアはアウステルリッツの撮影地をウクライナのスヴァリャーワ付近とし、ロシア語版はムカチェヴォ付近としている。 Google マップ · Apple マップ
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ナターシャの初めての舞踏会 (1809)
1809年末、伯爵家の若い娘ナターシャは十六歳で初めての舞踏会に出る。アンドレイは彼女に恋をし、結婚するつもりでいる。
物語の舞台 モスクワの舞踏会 — 1809年末、十六歳のナターシャ・ロストワが初めての舞踏会に出る。 Google マップ · Apple マップ
実在の宮殿ではなく、モスフィルムの撮影スタジオに組まれたセットで撮影された社交舞踏会。
オトラードノエでのロストフ家の狩り
ロストフ家は郊外の領地へ狩りに出かける。ナターシャは第二部で描かれる家族の生活の中心にいる。
物語の舞台 オトラードノエ、ロストフ家の領地 — ロストフ家の郊外の領地で、狩猟の場面に登場する。
モスクワの南にある村で、ロストフ家の領地の代わりに使われた。
実際の撮影地 トゥーラ州ボゴスロフスコエ村 — ロストフ家の領地での狩りは、ヤスノゴルスク郡のボゴスロフスコエ村で撮影された。 Google マップ · Apple マップ
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ボロジノの戦い (1812)
ピエールは戦場に近づき、砲兵隊の手伝いを志願する。アンドレイの部隊は予備として待機し、やがて彼に砲弾が命中する。
物語の舞台 ボロジノの戦場 — 1812年のナポレオンのロシア侵攻における決定的な会戦。モスクワの西にある。
モスクワの西にある村で、今は記念碑に覆われている。そのため映画はここで撮影しなかった。
実際の撮影地 スモレンスク州ドロゴブジ付近の野原 — ボロジノ自体では撮影できなかったため、戦闘はドロゴブジ周辺で撮られた。 Google マップ · Apple マップ
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炎上するモスクワ (1812)
ロシア軍の撤退とともにモスクワに火が放たれる。ロストフ家は領地から逃げ、負傷兵を連れていく。
物語の舞台 1812年のモスクワ — ロシア軍が撤退しフランス軍が入城する中、街は火をつけられる。 Google マップ · Apple マップ
モスクワの西100kmにある村。そこで街全体のセットが組まれ、燃やされた。
実際の撮影地 ヨシフ・ヴォロコラムスク修道院近くのチェリャーエヴォ — 合板製のモスクワのセットは修道院の隣のチェリャーエヴォ村に組まれ、映画のために燃やされた。 Google マップ · Apple マップ
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修道院の塀の前での処刑 (1812)
ピエールは農民の格好でナポレオン暗殺を企てるが、捕らえられる。フランス軍は占領された街で放火の疑いのある者を銃殺する。
物語の舞台 占領下のモスクワ — ピエールは農民の格好をして、モスクワの占領に巻き込まれる。 Google マップ · Apple マップ
モスクワ川沿いの16世紀の修道院。占領された街の代わりに使われた。
実際の撮影地 モスクワのノヴォデヴィチ女子修道院 — 放火の疑いをかけられた者の処刑は、ノヴォデヴィチ女子修道院で撮影された。 Google マップ · Apple マップ
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ナポレオンのモスクワ・クレムリン (1812)
ナポレオン軍はモスクワを保持しつつ、フランス軍は退却を余儀なくされる。ピエールは大陸軍とともに行進させられる。
物語の舞台 モスクワのクレムリン — モスクワの中心にある城塞で、物語ではナポレオンが占拠する。 Google マップ · Apple マップ
モスクワの城壁に囲まれた要塞。映画が実際の物語の舞台で撮影した数少ない場所の一つ。
実際の撮影地 モスクワのクレムリン — 制作隊はさらなる作業のためモスクワ・クレムリンに入ったが、そこでどの場面を撮ったかは書かれていない。 Google マップ · Apple マップ
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雪中のクラスノイの戦い (1812)
クラスノイの戦いでフランス軍はクトゥーゾフ元帥に敗れ、その間にピエールはパルチザンに解放される。
物語の舞台 クラスノイ — フランス軍がロシアの冬を通って退却する途中で行われた戦闘。
スモレンスクの西にある町。映画は冬の戦闘をウクライナ西部で撮影した。
実際の撮影地 ザカルパッチャ州ムカチェヴォ周辺 — クラスノイの場面はザカルパッチャ地方の雪の中で撮られた。ムカチェヴォ付近の正確な場所は示されていない。 Google マップ · Apple マップ
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登場人物
- ピエール・ベズホフ — 富裕な貴族の庶子で、本作の監督も務めた人物。
- アンドレイ・ボルコンスキー公爵 — ナポレオンに対抗するため、クトゥーゾフ将軍の幕僚に加わる公爵。
- ナターシャ・ロストワ — 伯爵家の若い娘で、初めての舞踏会は十六歳のとき。
地図が答える問い
- 『戦争と平和』のボロジノの戦いは、実際どこで撮影されたのか。
- 映画でモスクワが燃える場面はどこで撮られたのか。