映画地図
We Were Soldiers (2002)
We Were Soldiersの舞台と、実際の撮影地。
ベトナム戦争のイア・ドラン渓谷の戦いは、中部高原の代役を務めた陸軍基地で、カリフォルニア州において撮影された。
地図で見る場面と場所
1954年のフランス軍待ち伏せ (1954)
フランス軍の巡回隊がベトミン軍に待ち伏せされる。指揮官のグエン・フウ・アンは、もう敵が来ないよう、送り込まれてくる者を皆殺しにせよと命じる。この場面は、高原が過去に軍隊が壊滅させられてきた土地であることを示す。
物語の舞台 中部高原 マンヤン峠周辺 — 1954年にフランス第100機動集団が待ち伏せを受けた地点。本筋の11年前。 Google マップ · Apple マップ
中部高原を通る山道。1954年にフランス軍とベトミン軍が戦った場所。
ムーアがフォート・ベニングで大隊を訓練する (1965)
ハル・ムーア中佐が新たな大隊の訓練と指揮を任される。彼は兵を鍛え、ヘリコプターと共に戦う部隊を作る。戦争が迫っていることを承知の上で。
物語の舞台 ジョージア州 フォート・ベニング — ハル・ムーア中佐が、出征前に大隊の訓練と指揮を任された陸軍基地。 Google マップ · Apple マップ
ジョージア州にある米陸軍の大規模訓練基地。その後フォート・ムーアに改称された。
実際の撮影地 ジョージア州フォート・ベニング(現フォート・ムーア) (フォート・ベニング(現フォート・ムーア), ジョージア州コロンバス, アメリカ合衆国) — フォート・ベニングの場面は同施設そのもので撮影された。具体的な建物名は資料に記されていない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
プレイメで攻撃された基地 (1965)
ベトナム到着後、ムーアは米軍基地が攻撃されたことを知る。彼は400名を率いて攻撃者を追うよう命じられるが、敵兵がどれほどいるかは分からない。
物語の舞台 中部高原 プレイメ駐屯地 — 襲撃を受けたことで、ムーアの大隊が攻撃者を追うことになる米軍基地。 Google マップ · Apple マップ
中部高原の僻地にある駐屯地。1965年に包囲された。
ヘリコプターがイア・ドラン渓谷に降下する (1965)
ムーアは新設の空中騎兵部隊をヘリコプターでイア・ドラン渓谷へ率いる。捕虜になった北ベトナム軍の斥候が、彼らが降り立ったのは4,000名の古参師団の基地キャンプだと明かす。
物語の舞台 イア・ドラン渓谷(LZ X-Ray一帯) — ムーアの空中騎兵隊が降り立ち、そこが北ベトナム軍の基地キャンプだったと知る渓谷。この地点は戦闘の中心であり、正確な着陸地点ではない。 Google マップ · Apple マップ
カンボジア国境近くの中部高原にある僻地の川の谷。1965年の実際の戦闘が行われた場所。
実際の撮影地 カリフォルニア州フォート・ハンター・リゲット (フォート・ハンター・リゲット, カリフォルニア州ジョロン, アメリカ合衆国) — カリフォルニア州のフォート・ハンター・リゲットが中部高原の代わりを務めた。着陸地点の正確な場所は記されていない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
ヘリックの小隊が孤立する (1965)
ヘリック中尉が敵の斥候を追い、気の進まない部下に後を追うよう命じる。斥候は彼らを待ち伏せへ誘い込む。サヴェージ軍曹が生存者の指揮を引き継ぐ。彼らは包囲され、大隊から孤立している。
物語の舞台 イア・ドラン渓谷、ジャングルの中 — 誘い込まれた小隊が待ち伏せを受け、大隊から孤立させられる峡谷。座標は戦闘の代表地点であり、この場所ではない。 Google マップ · Apple マップ
米軍の小隊が大隊から切り離される、密生した植生の谷地。
実際の撮影地 カリフォルニア州フォート・ハンター・リゲット (フォート・ハンター・リゲット, カリフォルニア州ジョロン, アメリカ合衆国) — 戦闘場面はフォート・ハンター・リゲットで撮影された。この場面の具体的な場所を記した資料はない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
電報をタクシーで届ける (1965)
基地では、陸軍が死亡を知らせる電報の配達をタクシー運転手に任せ始める。ジュリア・ムーアは自ら配達を引き受け、届く電報はすべて自分に回すよう求める。
物語の舞台 ジョージア州フォート・ベニングの住宅地区 — 銃後の地。ジュリア・ムーアが、家族に死を知らせる電報の配達を引き継ぐ場所。 Google マップ · Apple マップ
ジョージア州にある米陸軍基地内の家族住宅。
実際の撮影地 ジョージア州フォート・ベニング(現フォート・ムーア) (フォート・ベニング(現フォート・ムーア), ジョージア州コロンバス, アメリカ合衆国) — 映画の一部はフォート・ベニングで、残りはパサデナで撮影された。電報の場面がどちらで撮られたかは記録されていない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
外周での「Broken Arrow」 (1965)
防衛線が崩れ、敵味方が入り混じる中、ムーアは航空管制官に「Broken Arrow」を呼ばせる。これにより、味方の兵のすぐ近くでも、使用可能なすべての戦闘機が攻撃に向かう。
物語の舞台 イア・ドラン渓谷、着陸地帯の外周 — 米軍の中隊が圧倒され、ムーアがあらゆる航空機を呼び寄せる防御の輪。座標は戦闘の代表地点である。 Google マップ · Apple マップ
ヘリコプター着陸地帯を取り巻く薄い防御の輪。
実際の撮影地 カリフォルニア州フォート・ハンター・リゲット (フォート・ハンター・リゲット, カリフォルニア州ジョロン, アメリカ合衆国) — クライマックスの戦闘場面はフォート・ハンター・リゲットで撮影された。この場面の具体的な場所を記した資料はない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
敵の指令所を制圧する (1965)
ムーアの部下たちは、最後の突撃に送り込まれた敵部隊を制圧し、指令所へ迫る。残敵には武装ヘリが攻撃を加え、フウ・アンは司令部の撤退を命じる。
物語の舞台 イア・ドラン渓谷、北ベトナム軍の基地キャンプ — 終盤の戦闘で米軍が迫る敵の指令所。資料にはその座標が存在しない。
ジャングルの中の基地キャンプ。正確な位置は分かっていない。
実際の撮影地 カリフォルニア州フォート・ハンター・リゲット (フォート・ハンター・リゲット, カリフォルニア州ジョロン, アメリカ合衆国) — クライマックスの戦闘場面はフォート・ハンター・リゲットで撮影された。この場面の具体的な場所を記した資料はない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
ワシントンの記念碑 (1965)
数年後、退役したムーアが、ベトナムで戦死した者の名前が刻まれた記念碑の前に立つ。
物語の舞台 ワシントンD.C. ベトナム戦争戦没者慰霊碑 — 映画の最後の場面が展開されるワシントンの壁。 Google マップ · Apple マップ
ナショナル・モールにある黒い花崗岩の壁。戦争で死亡した米軍兵士の名前が刻まれている。
登場人物
- ハル・ムーア — ベトナムへ大隊を率いて送り出すため訓練を任された米陸軍中佐。
- ジュリア・ムーア — ムーアの妻。基地の妻たちのリーダー役となる。
- サヴェージ軍曹 — 孤立した小隊の指揮を引き継ぐ軍曹。
- グエン・フウ・アン — ベトミン・北ベトナム軍の指揮官。送り込まれてくる敵を皆殺しにするよう部下に命じる。