映画地図
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 (1997)
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の舞台と、実際の撮影地。
ラサとポタラ宮はチベットでは撮影されていない。中国の圧力で制作がラダックを追われ、映画はアルゼンチンの丘の斜面に組まれたセットで撮影された。
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場面と場所
ナンガ・パルバットへ出発 (1939)
著名な登山家ハラーは妊娠中の妻を残し、ナンガ・パルバット遠征に加わる。登攀への執着が、物語が始まる前に彼から家族を奪ってしまう。
物語の舞台 ナンガ・パルバット — ハラーの登山隊が登頂を目指すヒマラヤの山。 Google マップ · Apple マップ
世界最高峰の一つで、西ヒマラヤにある。
捕虜収容所 (1939)
戦争が始まると、一行は敵性外国人として逮捕される。ハラーは子どもが生まれる前に帰国しようと、何度も脱走を試みる。
物語の舞台 デヘラドゥン捕虜収容所 — ヒマラヤ山麓に置かれたイギリス軍の収容所で、ハラーとアウフシュナイターが拘束された。 Google マップ · Apple マップ
ヒマラヤ山麓の都市で、現在のウッタラーカンド州にある。
国境を越えてチベットへ (1944)
収容所で数年を過ごした後、ハラーとアウフシュナイターはついに脱走し、チベットを目指す。チベットは当初二人を受け入れず、二人は自力で高原を越えることになる。
物語の舞台 チベットへの国境と高地の峠 — 収容所を脱出した二人が越えていく、険しい高原。
実際の撮影地 アコンカグア・ペニテンテス州立公園、メンドーサ、アルゼンチン — ヒマラヤの風景の撮影に使われた公園として挙げられている。ウィキペディアの一覧には脚注がなく、正確な場所も記されていない。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
禁城へ到着 (1945)
ハラーとアウフシュナイターはラサの城門にたどり着き、外交官クンゴ・ツァロンに迎え入れられる。閉ざされた国が二人のために開き始める。
物語の舞台 ラサ — チベットの首都。二人はここでクンゴ・ツァロンの客人となる。
実際の撮影地 セロ・トゥンドゥケラル、ウスパジャータ、メンドーサ、アルゼンチン — ラサの代わりに作られたセットがここで撮影された。制作がラダックからアルゼンチンに移った後のことだ。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
ダライ・ラマとの授業 (1946)
ハラーはポタラ宮に招かれ、若いダライ・ラマの家庭教師となる。師と弟子は親しい友人になっていく。
物語の舞台 ポタラ宮 — ラサにある宮殿で、ハラーは若いダライ・ラマを教えるよう招かれる。 Google マップ · Apple マップ
ダライ・ラマの冬の宮殿で、ラサを見下ろす高台にある。
実際の撮影地 セロ・トゥンドゥケラル、ウスパジャータ、メンドーサ、アルゼンチン — ポタラ宮の場面は本物の宮殿ではなく、ここに組まれたセットで撮影された。中国の圧力を受けて、制作はラダックを離れた。 Google マップ · Apple マップ
行き方:
チャムドの陥落 (1950)
ンガワン・ジグメはチャムドでチベット軍を率い、進撃する中国軍と戦う。一方的な戦いは、国の運命も、ハラーの友人たちの運命も変えてしまう。
物語の舞台 チャムド — 国境の町で、チベット軍は進撃してくる人民解放軍を食い止めようとする。 Google マップ · Apple マップ
チベット東部、金沙江の近くにある町。
登場人物
- ハインリヒ・ハラー — 戦争でアジアに足止めされたオーストリアの登山家で、若いダライ・ラマの家庭教師になる。
- ペーター・アウフシュナイター — ハラーと同郷のオーストリア人の登山仲間で、チベットへの脱出を共にする。
- 第14代ダライ・ラマ — チベットの少年の精神的指導者で、後にハラーの教え子であり友人になる。
地図が答える問い
- 『セブン・イヤーズ・イン・チベット』のラサは、実際にはどこに作られたのか?