映画地図
さらば、わが愛 覇王別姫 (1993)
さらば、わが愛 覇王別姫の舞台と、実際の撮影地。
北京の京劇養成所、宦官の屋敷、文化大革命の広場。場所は実在するが、場面は市内の別の博物館や大学キャンパスで撮影された
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場面と場所
二十二年後の無人の劇場 (1977)
文化大革命の数年後、蝶衣と小楼は無人の舞台に立ち、再び共に稽古をする。映画はここから始まり、二人の少年が出会った頃へ遡る。
物語の舞台 北京の無人の劇場 — かつて共に舞台に立った二人の老いた京劇役者が、暗い劇場に足を踏み入れる。
北京の劇場。順序は脚本冒頭による。所在地はどの資料にも見つからず。
関師匠の京劇養成所 (1924)
母に捨てられた豆子は厳しい劇団で育ち、石頭が彼をかばう。豆子は「自分は女の子だ」という台詞を何度も言い間違えて殴られ、その台詞は映画の残りをかけて彼が抗う対象となる。
物語の舞台 関師匠の劇団 — 豆子は劇団に残され、旦角として育てられる。石頭と友になる。
1920年代の北京の京劇養成所。実際の撮影地は京劇俳優・梅蘭芳の記念館。
宦官の屋敷 (1924)
劇団は宦官の張に招かれて演じる。石頭は見つけた剣を豆子に贈ると約束する。英雄が妾に贈るように。張は豆子と二人きりで会いたがる。
物語の舞台 張宦官の屋敷 — 劇団は宦官の張に招かれて演じる。石頭と豆子はそこで精巧な造りの剣を見つける。
什刹海の湖畔にある大きな清代の王府。現在は博物館。
実際の撮影地 恭親王府、前海西街17号 (西城区・什刹海, 北京, 中国) — 豆子が連れられて歩く長い回廊は、ここで撮影されたとされる。 Google マップ · Apple マップ
行き方: 西城区の前海湖畔の近く。入場料が必要な史跡。
舞台の上のスター
蝶衣と小楼は今や名優の程蝶衣と段小楼となっている。毎回の公演前、蝶衣は小楼の化粧を仕上げる。それは蝶衣の愛情を示す小さな行為だが、小楼はそれが何を意味するのか気づかない。
物語の舞台 北京の京劇劇場 — 蝶衣と小楼は今やスターとなり、《覇王別姫》を演じる。虞姫と項羽を演じ分ける。
伝統的な京劇劇場。この場面の撮影地は見つからず(順序は概略)。
軍隊がやってきた夜
小楼は日本兵に対峙して逮捕される。蝶衣は友の釈放と引き換えに日本人の前で演じることに同意する。この犠牲は感謝されず、二人の溝を広げる。
物語の舞台 北京の通り — 日本軍が北京を制圧する中、夜の通り。
紫禁城の大きな南門。映画の通りは実際の撮影地とは別の場所(順序は概略)。
実際の撮影地 午門、故宮博物院、景山前街4号 (東城区・紫禁城, 北京, 中国) — 午門前の広場が夜の通りの場面の撮影地とされる。 Google マップ · Apple マップ
行き方: 紫禁城の南門の前、景山前街沿い。
雨の回廊
日本降伏後、国民党当局は蝶衣を漢奸罪で告発し、小楼と菊仙は彼を救おうと奔走する。蝶衣の内面の世界が崩れ始める。
物語の舞台 北京の長い回廊 — 雨の夜、屋根のついた長い回廊。
北京の旧カトリック系大学のキャンパス(順序は概略)。
兵士の前で歌う
漢奸罪で釈放された後、蝶衣は国民党軍の前で演じる。この試練によって、小楼・菊仙との絆は傷ついた。
物語の舞台 北京の門 — 蝶衣は釈放され、国民党軍の前で歌う。
同じ旧大学キャンパスの正門(順序は概略)。
新体制下の劇団の中庭
共産党政権となると、蝶衣の弟子の小四は新政府の熱心な支持者となり、師匠を恨むようになる。蝶衣はアヘンと闘いながら、劇団の中で立場を失っていく。
物語の舞台 劇団の中庭 — 新政府の下で劇団が暮らす中庭。
稽古の場面と同じ博物館の敷地。中国語の記事ではここを程蝶衣の住まいとしている。
吊し上げの集会 (1966)
小四と那坤に告発され、劇団全員が紅衛兵によって吊し上げの集会へ引きずられる。友人や同僚たちは、人前で互いを裏切るよう強いられる。
物語の舞台 文化大革命期の北京の広場 — 劇団は紅衛兵によって吊し上げの集会へ連行される。
北京市中心にある15世紀の儒教の廟。
実際の撮影地 北京孔廟、国子監街13号 (東城区・国子監, 北京, 中国) — 1992年7月1日にここで撮影されたとされる。 Google マップ · Apple マップ
行き方: 東城区の国子監街沿い、国子監のすぐ隣。
登場人物
- 程蝶衣 — 女形を演じ、舞台の相方に想いを寄せる京劇役者。
- 段小楼 — 蝶衣の舞台の相方で幼なじみ。男性の英雄役を演じる。
- 菊仙 — 元娼妓。小楼と結婚し、平穏な暮らしを求める。
地図が答える問い
- 映画『さらば、わが愛 覇王別姫』で宦官の屋敷はどこか?
- 映画『さらば、わが愛 覇王別姫』の文化大革命の場面はどこで撮影されたか?